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高瀬舟
今日、わたしは、電車に乗って
京都の上門前の家へ。

演劇塾のわたしたちの先生、諏訪耕志先生と
森田徹さんのヴァイオリンによる
「高瀬舟 森鴎外作 言語造形による語り聴かせ」の会に行きました。

今回、このお話を
何度も何度も繰り返し読んで
読むたび毎に
喜助と庄兵衛の
2人の奥の奥の小さな核のような部分で
触れ合ってゆくやりとりに
ドキドキが増してゆき
今日も電車の中で読んだけど
読み終わってから
ドクンドクンとしてしまって
電車に揺られながら
熱が出てきて
ふらふら。。とぼとぼ。。上門前の家に着きました。

上門前の家は静かで
薄曇りの光の加減がとてもよく。

静かに物語が始まりました。

徹さんの印象的な冒頭のヴァイオリンと
諏訪先生の静かな語りに
わたしのドキドキはすぅーっと吸い込まれて
身体は身動きもせず
高瀬舟に乗って
じーっと2人をみていました。

先生の動きはほとんどなくて
あっても抑制された慎ましい動きだけなのだけど
紡ぎ出されてゆく世界は
大きく広がったり
小さく硬くなったり
その目には見えない動くものが
ときどきあまりに広くて
あまりにきゅーっと凝縮して
圧倒されました。

ヴァイオリンの音色、ヴァイオリンを奏でる徹さんの姿すらも
終わりなく流れる川の水や風や雲や
人の日々の営みや
涙がすぅーっと吸い込まれて、音もなくやがて消えてなくなってしまうような
淡々と流れてゆくもの、そのものでした。

幕が閉じて
お二人が退場されたあとも
観客の私たちは
高瀬舟に揺られたまま、しばらく動けませんでした。

その場に残された観客の私たちひとりずつが
おふたりの坐っていらした椅子に
喜助と庄兵衛に
そっと一輪ずつのお花を手向けるように
その場にいた人たちの想いが幾重にも重なってゆくような
感じがしました。

それがとてもあたたかくて
それは、ひとりでお話を読んだだけでは味わえない
表現する人と、観る人が創り出すもので
表現って、人って、すてきだと思いました。
そして
表現してゆくことは
本気で、地道な仕事なのだとも深く思いました。

気づいたら熱っぽさは全然なくなっていて
本を開く気さえもしないぼんやりとした帰り道
くうちんの手渡してくれた手紙を
電車の中で
何度も何度も読みました。

お家に帰ってから
くうちんの持たせてくれたCDを聴いたら
本当にぴったりと添ってくれました。


今日が静かな雨の夜でよかった。













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